2024.8.19

AppStoreConnectで求められるEUのDSA(デジタルサービス法)のコンプライアンス要件の完全ガイド(前編)

2024年3月に App Store Connect のUIが若干変わったのと同じタイミングで、以下のような警告が表示されるようになりました。


(突然現れた今までにない警告文)

「…お客様がトレーダーであるかどうかをお知らせいただく必要があります。EUのデジタルサービス法により…」と記載されています。初めてみる文言で普通は戸惑いますね。

従来、この手の警告表示は、リンクをクリックして何も考えず「同意」「はい」を連打するだけで問題なかったのですが(厳密には問題ありますが…)、今回は全くもって様子が異なります。見慣れぬ警告表示に「EUの事だし、ウチは日本法人だから関係ない」と放置するスタンスでもこれまでは問題ありませんでした。

が、2024年8月15日に本件について公式見解が示されました。


(大事な情報が度々配信されるのでこちらを参考に最新情報をチェックする体制作りを推奨)

記述されている通りですね。EU向けとはいえ何やら制限がかかるようですし、普段使う App Store Connect 上にずっと警告表示が残るのも気になりますし、そろそろ手続きを進めておいたほうが良さそうです。

そこでデジタルサービス法について2回に分けて解説しようと思います。

前編である本稿は、法律原文を読み解きながらアプリ開発の文脈でデジタルサービス法を解説します。背景とか主旨を理解しておいた方が良いからです。そして後編では、DSA関連の手続きの進め方を画面キャプチャつきで紹介します。企業によっては App Store Connect 上の手続きだけでは完了しない場合もあります。

ではまず前編を順に見ていきましょう。

 

DMAとDSA

今回の件をもし「また見慣れぬ警告文が出ているなぁ。意味も分からないしAppleがまた面倒な事を強いてきたぞ」等と思われていたとしたら、残念ながらデジタル市場の昨今の動きに理解が浅いと言わざるをえません。関係者として正しく理解しておきたいものです。

2020年頃から、EUはビッグテック企業による「支配」に対して、EU圏内の企業や個人を守るため(という名目の)法律制定と施行に動いてきました。主なものが以下の2つ。

名称 内容
デジタル市場法(DMA : Digital Markets Act) EU圏における自由競争促進のためビッグテック企業を規制する
デジタルサービス法(DSA: Digital Service Act) EU圏におけるユーザの安全や権利を中心に据えてビッグテック企業のサービスに透明性を求めるもの

前者のDMAについては以下の投稿でも紹介していますのでご覧下さい。

後者が今回主題のデジタルサービス法です。略してDSA。DMAと一文字違いですが役割は全く異なります。DMAがEU圏アプリ開発者の便益向上を図る法律で自由競争促進が目的なのに対して、DSAはEU圏一般消費者の安全安心の確保を図った法律です。向いてる先が違うのですね。

我々アプリ開発側視点で見ると、DMAは選択肢が増えるという意味でメリットですが、DSAは誤解を恐れずに言えば手続きが増える面倒なものです。

まぁ Apple はDMAもDSAもどっちも面倒ですけど(笑) 冷静に見れば Apple も可哀想な立場なのですよね。EUに狙い撃ちで標的にされ、後だしジャンケンで法律を作られ、それに従わなければ数十・数百億円レベルの罰金を取るといきなり言われるのですから。

何もApple 擁護というわけではないですが、EUに穿った見方をしてあえて書けば、この種のEUによる罰金収入は実はEU予算の中で無視できないウェイトを占めていることは広く知られるべき事かも知れません。


(DMAで標的にされた企業とサービス。EUはこれら企業をゲートキーパーと呼んでいる。詳しくはこちらの投稿を参照)

繰り返しになりますが、DSAはEU圏の一般消費者を向いた法律です。我々アプリ開発側もまた、AppStoreを介して一般消費者と向き合ってますから巻き込まれて手続きが必要だということです。業務用アプリだとしても、App Store Connect を使う以上は従わなくてはなりません。

 

DSAをまずザックリ捉える

DSA は端的に言うと「EU圏でデジタル商品(つまりアプリ)の販売を仲介するなら、ユーザが販売者(つまりアプリ開発者)にコンタクトできるよう透明性を確保しなさい」というものです。DSAはEU圏の立派な法律であり、施行は 2024年2月17日です。

なのでAppleは、翌月早々3月に App Store Connect の対応を済ませ、販売者(つまり我々アプリ開発会社や個人)に登録処理をするよう警告表示を出し始めたというわけですね。

DSAは正式名称を「デジタルサービスの単一市場および指令2000/31/ECの改正に関する2022年10月19日付欧州議会および理事会規則(EU)2022/2065」と言います。EU公式サイトにその法律原文が公開されていますので、よければリンク先から見てみて下さい。英語とEU圏の各言語のみです。

また、DSAの概要やポイントを解説する専用Webサイト The Digital Services Act package もEU公式サイト配下に用意されています。

ただ分量がかなり多いので読み解くのは至難の業。そこでAppleはデベロッパー向けに専用ドキュメントを用意してくれています。日本語での解説もあってかなり親切です。

この公式ドキュメントを見ると、DSAの第30条・第31条がキーになっていることが分かります。

デジタルサービス法 (DSA) 第 30 条および第 31 条の要件により、Apple は、欧州連合 (EU) の App Store でアプリを配信するすべてのトレーダーについて、連絡先情報を確認した上で公開することが義務付けられています。

アプリ開発に関係する者として、せめてキーとなるポイントだけでもDSAの詳細を少し深掘りするのは良いことでしょう。せっかくですから余り深くなり過ぎない程度にDSAの第30,31条を読み解いてみます。

 

DSAの第30条・第31条の読み解き

少し見ると分かりますが、Apple も我々アプリ開発側も盛大に巻き込まれる法律になっています。まず原文の第30条 第1項(Article 30-1)を見てみます。

1.   Providers of online platforms allowing consumers to conclude distance contracts with traders shall ensure that traders can only use those online platforms to promote messages on or to offer products or services to consumers located in the Union if, prior to the use of their services for those purposes, they have obtained the following information, where applicable to the trader:

(a) the name, address, telephone number and email address of the trader;
…(略)…

ザックリと日本語訳にするとこうなります。

オンラインプラットフォーム(AppStore)のプロバイダー(Apple)は、トレーダー(アプリ開発者)がEU圏消費者に製品やサービスを提供するよりも前に、彼ら(アプリ開発者)について以下の情報を取得しておかなければなりません。

(a) トレーダー(アプリ開発者)名称、住所、電話番号、メールアドレス

Appleはアプリ開発会社/者の情報を取得しなさいよって書いてありますね。さらに、DSAの第31条 第1項には以下のような一文もあります。

In particular, the provider concerned shall ensure that its online interface enables traders to provide information on the name, address, telephone number and email address of the economic operator, as defined in Article 3, point (13), of Regulation (EU) 2019/1020 and other Union law.

日本語にすると以下です。

オンラインのインターフェース(App Store Connect)でトレーダー(アプリ開発者)が名前、住所、電話番号、メールアドレスを提供できるようにしなければならない

どんな情報を得なければならないか細かく定められていて、オンライン手続きができることまで要求しています。EUはイチイチ細かいですね。

また DSAの第30条 第7項には以下のように記述があります。

7. The provider of the online platform allowing consumers to conclude distance contracts with traders shall make the information referred to in paragraph 1, points (a), (d) and (e) available on its online platform to the recipients of the service in a clear, easily accessible and comprehensible manner. That information shall be available at least on the online platform’s online interface where the information on the product or service is presented.

日本語訳にすると以下の通り。

オンラインプラットフォーム(AppStore)のプロバイダー(Apple)は、第1項の (a),(d),(e) をサービスを受ける者(ユーザ)が明確かつアクセス可能な形で、製品(アプリ)が掲載されているところと同じインターフェース上で提供されなければならない。

デベロッパーにオンラインで App Store Connect で登録させた情報を、一般消費者に見えるように App Store 上でアプリと同じ箇所に表示しなさいと言ってます。

結果、公式ドキュメントにあるようにEU圏では以下のようなイメージで表示されることとなります。

最後に、第30条 第2項も見ておきましょう。同項の後半に以下の一文があります。

As regards traders that are already using the services of providers of online platforms allowing consumers to conclude distance contracts with traders for the purposes referred to in paragraph 1 on 17 February 2024, the providers shall make best efforts to obtain the information listed from the traders concerned within 12 months. Where the traders concerned fail to provide the information within that period, the providers shall suspend the provision of their services to those traders until they have provided all information.

だいぶ長くなってきたので省略しますが、ここは期限についての言及です。施行日の2024年2月17日から12ヶ月以内に情報収集すること、それができないデベロッパーのアプリは提供を停止させるべしと書いてます。

ではここでもう一度、冒頭のキャプチャを見てみましょう。赤枠を追加しました。

前記の第30条 第2項に記載の「17 February 2024 …(略)… within 12 months.」という記述と完全に一致しますね。

 

以上、ザックリとDSAの概要と、ポイントである第30条と第31条を読み解いてきました。

どうでしょうか?Apple が主体的に何かデベロッパーに面倒を強いようとしているのではなく、EUの命令に淡々と(渋々と?)従って、法律通りにやっているに過ぎないということが理解できるかと思います。

Apple も巻き込まれてるんだ、とちょっと同情の気持ちで見てあげると、苛立ちやモヤモヤも少しは軽減されるのではないでしょうか。後編では、App Store Connect 上でDSA関連の手続きをどう進めるか具体的に解説します。

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